子どもの頃、私を夏祭りに連れて行ってくれたのは祖父だった。
綿あめ、お面、ヨーヨー、金魚すくい…。
祖父は私がほしいものを何でも買ってくれるし、
やってみたいことも全部させてくれた。
私が綿あめを食べれば「うまいきゃ?」と祖父が聞く。
私がうなずくと祖父は嬉しそうに私の顔を覗き込んで微笑む。
私がほしいお面を手にして大喜びすると、やっぱり祖父は嬉しそうにする。
これだけ話すと祖父がやさしいひとに思うかもしれない。
祖父は長女である母を厳しく育てた。
母はその影響で私をゆるく育てた。
厳格な父親だった祖父は、よくある話だが孫には甘かった。
私は父にどこにも連れて行ってもらったことがない。
よその家のお父さんは土日にどこかへ連れて行ってくれる。
チカちゃんもサトシくんもお父さんにいろいろ連れて行ってもらっている。
私の家は土日だろうが平日だろうが父がいなかった。
まれに帰ってきても、父は寝ているだけだった。
食事の時間も父は口をきかなかった。
父はアイデアを売ることが仕事だと母が言っていた。
父が食事中になにも喋らないのは考え事をしているかららしい。
母は父が深夜に帰ると、父に言われるまま嬉しそうにインスタントラーメンをつくる。
私はそんな母を見るのが嫌だった。
わがままな父を甘やかすような母の態度が、子どもながら気に入らなかった。
父は大人の癖に子どもみたいなのが気に入らない。
孫たちのしたいことを好きなようにさせる祖父と違って、
父は自分のしたいことをしている。
気に食わない!気に食わない!
父と行く夏祭りはつまらない。たった数回行っただけで懲りた。
デニムと白い半そでのTシャツにサンダル履きの父。
足が長くて、母より歩くのがうんと速い。
ついてゆくのがやっとだ。
父は私と手を繋いでいるのに、私が必死に歩いていることに気づいてくれない。
また考え事をしているのかもしれない。
恐々と綿あめがほしいと言ってみる。
聞こえていないのか?返事もない。
金魚すくいがしたいと言っても返事もない。
突然止まる父。つんのめる私。
屋台の前で「1本ください」と父が言うと、
父の手に焼きとうもろこしが渡される。
私が食べたい綿あめではない。私はがっかりする。
父は半分ぐらい自分が食べた焼きとうもろこしを私に渡す。
私はとくに嬉しくもないが食べる。
こんなものなにが嬉しいだろう。
しかしおかしなもので、私は子どもの頃の夏祭りを思い出すとき、
まっさきに父と焼きとうもろこしを思い出す。
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